GLITTER COLOR







いつも通り電車を降りようとするブン太に、「降りたくない」そういって彼のワイシャツの裾を強く握った。 一度立ち上がったブン太は、裾を掴まれて私の顔を見てまた腰をおろした。プシュー、と派手な音をたてて閉まる電車のドア。なんとなく閉まっていく様を見たくなくて下を向いた。こんな行動をとるのは最後だからだという言い訳を持っているのは、自分が今の状況を受け入れているからだと思うと泣きたくなった。




横ではさっきからブン太がひたすらにガムをかんで口の中でそれをふくらませている。携帯をさっきからいじっているけど、単なる手持ち無沙汰ゆえなのは見ててすぐに分かった。少しでも空気が悪いと彼は無条件に不機嫌になる。お互いこんな雰囲気は苦手だった。
目の前を流れてゆく景色はだんだんと見慣れないものになっていく。私はその、知らないはずの、でもなんだか懐かしいような悲しいような気持ちになる景色をぼんやりと、それに明かりがともっていくのを見ながら両親の顔を思い浮かべた。思い浮かべる映像はいつもあんなに幸せそうなのに。
鞄の横ポケットに入っていた携帯の電源を切る。画面が真っ黒になるのを確認した私は鞄のチャックを開けてその中に放り込む。そしてまた電車の窓を隔てたオレンジ色の世界をぼんやりと眺めた。夕日は今にも沈みそうだ。




うまくいってないなんて、そんなの見てればすぐに分かった。お父さんの帰ってこない日が多くなったのは単に仕事が忙しいからだけじゃないのも。居心地の悪い家にいるのは吐き気すらした。そんなときブン太は傍にいてくれた。分かってなかったわけじゃない。だけど、まさか離婚なんて言葉を聞く日が来るなんて思いもしなかったんだ。自分には縁がないと思っていた言葉はいつまでたっても実感がわいてくれない。
いつも笑顔で優しいはずのお母さんはこのごろすっかりやせてしまった。これからいくところがお母さんにとっていいところ。それが遠い地で、みんなと離れることになっても、自分がついていってやりたいと思う。
笑顔でお母さんに答えた私の頭の裏側ではやっぱり大人はずるいと思っていた。



「こっからどれくらいかかんの」
「しんない、ずっと遠く」
「なんでだよ知っとけよ」
「・・・・」
「・・・・」
「いきたくないよ」
「分かってるよ」
「お母さんのことも好きだけど私お父さんのことも好きなの」
「うん」
「ブン太とも、私・・・」


何も言わないブン太は私の左手を自分のそれと絡ませた。昔からずっと頼ってきたこの手は、しっかり男の子と思わせるごつごつとした感触。かすんだ目の前にはたくさんの人工的な光がぼやけて、ひどく美しかった。今の私はきっと感傷的になってしまっているのだ。
いたたまれなくなった私は自分の頭をブン太の肩にあずけた。彼の肩の骨があたって少し痛い。でも今はそんなことどうでもいい。「ちくしょう」と、消え入るような声でブン太が言って、その振動が肩にひびいた。ぎゅう、と力のこめられた手。
別に今時、日本国内なのだからここまで深刻になることではないのかもしれない。でも、それでもやっぱり私たちにはひどく大きなことに思える。今の時点でこんなに苦しいのに、この先ブン太がいないと私は本当に死んでしまうんじゃないだろうか。ああ、けれどそうなってしまえればそれはすごく素敵なことだ。ひどいこと考えてる娘でごめんね、お母さん。




何駅きたのか知らないけれどもう駅名すらも分からないようなところへきていた。車両には気付くと私たちの他には誰もいなくなっていた。夕日もとっくに沈んだ紫色の夏の夜はひどく息苦しい、そう思った。




いけるものならこのまま本当に知らないところへ行ってしまいたいのに







ゆっくりとまぶたを落とす。終点までのアナウンス。タイムリミットはもうすぐだと知る。どうせ改札を抜けることすら出来ないのだ。だって、私たちは乗り越し金額すら持ち合わせていない。もし持っていたとしても未来は何も変わらないだろう。
常識を抜け出すのは思っていたよりずっと難しかった。
離れたくなくて電車を降りようとしない私と、それを分かっててとなりにいるブン太。
かなわないことと知ってて、手を離さない私たちはもうそんなに子供じゃない。

それでも今だけは。

トンネルに差しかかり、途端に轟音に襲われ視界は暗くなって黒に包まれる。

さよならの時間は、もうすぐそこまできている。
きっと、お互いに気付いているこの感情にはふたを閉めて。


これから先、特別キラキラした思い出となって私の中に永遠に残るのだろう。