「うっう・・ひっく、うーー」

「うざい」
「ひ、ひどっいっげほ!」
「むせてんじゃねーよばーか」

こんなときにすら慰めてくれない跡部って、鬼だ!!


DEAR MY FRIEND



すでにテニスコートは真っ暗で何も見えない。
テニスコートの横の道のためにある街灯はうすぼんやりと私たちを照らし出す。

「電話で別れる・・・とか・・・マジありえない・・・」
「お前それいうの何回目だよ」
「せめて顔見て言ってよ・・・」
「本人に言えよ」
「誰よ二年の牧瀬ななって」
「は?知らねぇし」
「誰よ!!!!!」
「しらねーよ、だから本人にいえってば」

「だってうざがられると思ったら何にもいえなくなっちゃったんだもん・・・」

部活が終わって、みんなでご飯でも食べよっかってなって、デニーズで豪勢にセットとか頼んじゃって、それで跡部がいつものストリートテニスで体動かしてくっていうからみんなでまた移動して、テニスして、私はそれをマネージャーとしてほほえましいななんて思いながら見てたりして、すごく今日はいい日じゃないのなんて思ってた。いい日になるはず、だった、のに。

「跡部のせいだよ」
「はぁ!?」
「だってだって跡部とか監督が毎日あんなに忙しくするからさ、私の電話する時間とかメールする時間とかデートする時間とかさ!なくなっちゃったから・・・心移りされちゃったんだよ・・・」
「てめーんなこというなら今すぐマネやめやがれ」
「ううっ」

ちきしょう。やめたいよ。ああやめてやりてぇよこんな忙しくて大変な部活!
といいたいのを必死にこらえた。言ってしまったら跡部のことだ、きっと今すぐ退部届けを書かせてきやがるに決まってる。
やめたいよ。やめたいよ!でもやめたくないんだよ!!だってそのむこうにあるものを私はすでに知ってしまった。手のひらにおさまるボールを巧みに操って、とても信じられないような試合を繰り広げ、あの痛快なラケットの音や、あんなに小さなボールの描く奇跡を。
毎日進化していく彼らを、彼らのテニスを、それを間近で見られるという特権。
バカみたいだけど楽しい仲間。一緒に笑って、一緒に泣いた。
たとえ、彼氏に半ば捨てられたようなこんな形で別れることになったって、その心変わりに気付けなくたって、みんな、離れられないんだ。ちきしょう・・・。


「ちきしょー・・・」
「女がそういう言葉いうなよ」
「男女差別!亭主関白反対!」
「意味わかんねーし」


呆れた顔をした跡部は今日何度目になるかわからないくらい私の頭を優しくなでた。あまりに心地よくて、また涙が出る。
大きな手。全国に行くために酷使されている右手。でも今は私だけのもの。
跡部の履きこんだ、HEADのシューズはそっぽを向いてしまっている。私にまるで関心0のようだ。跡部の気持ちそのまんま。それなのに私にいつまでも付き合ってくれている。ああ、なんて跡部、君は優しいの。


「優しいね、跡部・・・」
「うわ、きもちわり」
「何さそれ!」
「泣きやんでんだったら、顔洗ってこいよ、ひでえ顔」
「むり、泣き止んでないからまだやだ」
「ひでえ顔だぞお前」
「うーわー・・・二回言った・・女の子に言う言葉じゃない」
「男女差別してないんですー」
「・・・・・」

グスグス鼻をすするとまた涙が出た。もう、鼻をかむとかうざい。足元には汚くティッシュ(細かくいうと跡部からもらった保湿ティッシュ)が散乱している。私このままひからびちゃうんじゃないのかな。
そしたら絶対ダイイングメッセージ残してやるんだ。私を捨てやがってって言ってやる。
そんで新しい彼女と一緒に恐怖におびえればいいんだ。あ、待ってちょっと間違えた今のなし。
そんで新しい彼女とさっさと別れればいいんだ。
ブブブと携帯がゆれるおとがして、跡部がポケットから取り出した。

「・・・メール?」
「おー」
「ねえ跡部」
「・・・・」
「ねえってば」
「・・・・」
「・・・・」


メールに集中していらっしゃる景吾おぼっちゃんには私の声は届かなかったようだ。
なんだよ。なんなんだよ。
今だけは答えてほしかった。すごく悲しくなる。ぱちんと携帯を閉じる音が聞こえたけど、「おい」って言われたのは聞こえたけど、うつむいた顔をあげてやるなんてしない。


「なんだよ、自分から話しておいて」
「聞こえてたんじゃん!」
「うるせーから無視した」
「ひっど!」
「なんだよ」
「別になんもないよ、ちょっと悲しかったんだよ」

コンクリートが冷たく私の言葉を跳ね返していく。
重たい石を持っているかのように、体がずしりとして動かない。


「早く忘れろよ、そんなおとこ」
「・・・・・やさしかったの」
「そんな別れをするようなヤツがー?」
「やさしかったのー!好きだったんですーー!ていうか好きなんだよ!」
「お前には、俺らがいるじゃねーか」
「・・・何よ・・・そのフォローは・・・」
「俺様が言ってやってんだぞ?もっとありがたく思え」
「はいはいはいはいどーもでーす・・・」
「(このアママジでぶっ殺す)」


ほんとに私はばちあたりかもしれない。
跡部の大きな手になでられても思い出すのは、もっと荒々しいなでかたをするあの人の手だし、
足元においてある跡部に買ってもらった缶のりんごジュースは、前に二人で半分こして飲んだやつだし、
あの人の優しい目とか、振り向くときの雰囲気とか、思い出すとやっぱりまだまだ好きで、心変わりしてしまったあの人の気持ちがわからないんです。これまでにもらった嬉しいメールとか言葉とか、まぶたにはりついて、一瞬も頭を離れてくれない。今は、その牧瀬ななちゃんとやらに私が前にもらって嬉しかった言葉をはいているのか。やめて。
それでも思うのは、こうして隣にいてくれる人がいてくれてよかった。


「ありがと、跡部。ごめんね」
「もう慣れてる」
「・・・つーかさ、私のこと好きでしょ跡部」
「・・・あほか」
「だってここまで一緒にいてくれるなんてさ!好きなんでしょ」
「アホもここまでくると重症だな」
「次の彼氏候補として考えといてあげるね」
「(本気で殴りてぇ)ほら、行くぞ」
「え、もう行くの!?ちょっとまだ一人にしてほしくない気分なんですけど!」
「ちげーよ、忍足んち」
「え」
「今、メールでお前の慰め会やってくれるってさ」
「ま、マジですか・・・」


「・・・うーわ、もうお前泣くなよ」
「・・・うん・・・」
「俺らには、次があるんだ」
「うん」
「今、この大事な時期にマネージャーにへこんでもらってたら困るんだよ」
「うん、う・・ん」
「だから、今日一日付き合ってやるから。もう泣くな。あいつよりもっといいやつ見つかるから。大丈夫だから」
「うん」


最後の涙は、もう悲しい涙じゃなかった。これからのための涙。大丈夫。
みんながいればもう大丈夫。かっこ悪くてもそれを見せられる仲間がいて、ちゃんと慰めて、笑い飛ばしてくれる仲間がいる私はきっと大丈夫。跡部が手を出して私を立たせようとしてくれる。大丈夫。立てる。
ようやく私は冷たく固いコンクリートから腰をあげた。




「あーもう女ってめんどくせ!忍足でいいじゃねーか!」
「やだよ、忍足の映画鑑賞なんて付き合ってらんないし」


「跡部も私のこと好きみたいだし三角関係になっちゃうじゃん」といって私を引っ張ってくれていた手をぶんぶんと振ったら、見事に振り払われました。
(すんません、調子のりすぎました)