風がゴウゴウと吹いていた。



重たい雲がたちこめている。台風が近づいているという情報で今日は午前練に変わった。
夏休みで浮かれた中学生だけあって、みんなさっさと着替えて蜘蛛の子のように校門から出て行ったのはもう30分前のはなしだ。
時計の針が二時を回っても部室にまだ残っているのは俺とだけだった。閉めきった窓ががたがたといっている。いつもと変わらない、殺風景な部室。汚くて、蒸し暑い。

「なー、まだ帰んねーの」
「うーん、もうちょっとしたらね」

さっきもそういった。と、心の中でつぶやいた。
それにが気付いているのかなんて知らないけれど。
静かに電卓をたたく音だけが聞こえる。多分、は夏休み中の合宿の費用とか買ったボールとかそういうめんどくさいお金の計算をしているのだと思う。俺はというと、イスにもたれて携帯を見るフリをしてを見ていた。真っ白いワイシャツの袖からのぞく腕があまりに白いのはきっと「やけたくない」といって部活中、くそ暑い中でもジャージを着てるからだ。まったく理解できない。
の顔色はあまりよくないように見えた。空の色のせいかもしれないけれど。
窓からみえる空はいよいよどんよりと、薄暗く泣き出しそうな色をしていた。
ひたすら電卓を打って、ノートに数を書いて、を繰り返すを俺は本当にこいつなのかなとわけのわからないことを考えていた。 もしかしたら、の顔したロボットなのかも。延々と部費の計算をする。 俺は頬杖をつきながら考える。

「赤也、これまだかかるし帰っていいよ?」
「(あ、しゃべった。やっぱり本物のだ)いーよ、暇だし待つ」
「でも、ほんと雨降っちゃうし。傘持ってきてないんでしょ?」
「雨降ったらのに入れてよ」
「それはいいけど、おなか減ってないの?もうこんな時間だし」
「べーつに」

そう、と言うとまた電卓とにらめっこを始めるはなかなか鈍いと思う。二年の同期でこの部室を自由に行き来できるのは俺らくらいなものだけど、そういう点では気のおける部活仲間といえるけれど、だからってここまで待つ理由を少しくらい考えてほしい。
の家とおれの家は別に大して近いわけでもない。たった5分かそこら一緒なだけですぐ分かれ道でバイバイなのだ。
それでも、と思う気持ちをまったくもっては分かっていない。いや、分かっていたらそれはそれで困るけれど。

のシャーペンの持ち方はすごくクセがあって、おかしい。

「なんか食うもん持ってないの」
「やっぱりおなかへってんじゃん」

笑いながら、はごそごそとかばんの中を見て、すでに一袋なくなっているポッキーをくれた。新製品とかではない、普通のポッキー。 の一番好きな。

「全部食っちゃっていーの?」
「え、やだし、残しといてよ!」

そこで今日はじめての顔をちゃんと見た気がする。「ムキになりすぎ」と、笑いながら二本まとめてポッキーを口に運んで思い切りかみくだくとチョコの甘い味がした。ここに丸井先輩がいなくてよかった。いたら絶対取られる。というか、多分丸井先輩がいたらはポッキーを出すことすらしないだろうけど。今までだっては何度もお菓子を取られてた。
のポッキーを食べてるということだけでにやけてしまうのは充足感ってやつか。相当危ないと思う。

俺が、もし、仁王先輩みたいにひょうひょうとしていてあんな風に何もかも悟っているようなのだったら、今が何を思ってるのかも分かっちゃうのだろうか。俺が、もし、もっと大人だったらもっと今よりもっと、たくさんのことが分かるのだろうか。そうだとしたってきっとこの状況は変わらない。


「あっ!てか何すごい食べてんのよ!!」

の突然の声に驚いて目線をたどると、すでに最後の一本となってしまったポッキーが俺の手に握られていた。

「あー、わりー・・・」

どうやら無意識のうちに食べ続けていたらしい。箱に戻そうかと思った。
と、一瞬どんよりとしていた空がぱっと明るくなった。

その数秒後に予想より響く、轟くような音がして、それから窓にバッと散らしたように水音がし始めた。

「やー・・・降ってきちゃったー・・・」
「すげーな、今の雷、近かったんじゃね?」
「もー。いーや、途中だけど帰ろう赤也」
「いいん?」
「だってこれからもっと降ってきちゃったら困るし。それちょーだい」

伸びてきた手に俺はちょっとした反抗心を覚えた。
にもっと近づいてほしいという気持ちもあったかもしれない。
この部室から二人出ることがいやになったのかもしれない。
どっちもかもしれない。
いや、きっとどっちもだ。

もうよくわからないんだよ、お前のこと考えてると。

わからないものをすべてごまかして飲み干すように、ポッキーを半分、そのまま口に入れた。

「あっ最後の・・!」
「食べたかったらどうぞー」

ポッキーをほんの少し出して(ほんとに少し、5ミリくらい)口をん、と突き出して。
どこまで子供なんだよ俺は。かまってほしくてどうしようもなくて、うまく立ち回ることもできずに。イライラが募るだけじゃないかこんなの。
きっとはバカとかなんとかいって笑うだろう。あざけるように自分を心の中で笑う。


「バカ」


口の先で、さくりと音がした。予想通りの言葉とは裏腹に、近づいてきたの顔は、笑っていなかった。
目を丸くする俺の前で、はくるりと180度回転して今何もなかったかのようにてきぱきと片付けをはじめた。

「ちょ・・・今、、キ・・・!(当たったよな今!!)」
「ていうか!」

雨が少し入ってしまった窓を閉めて、後ろを向きながらは、

「今日の部費の計算、別に今日しなきゃいけないことでもなかったし!雨降りそうなのにわざわざやっていかないし!」
「え、それ」
「・・・気づけバカ!」

そういうとはドアを勢いよくあけて雨のなかに飛び出していった。激しい雨がの姿をおぼろげにする。
取り残された俺はきっと今アホ面をしてるんだと思う。

ということは。
ということは。


理性で考えるのは得意じゃないし、手探りで探し当てるのはこわいけれども。
でも、とにかく、今、の顔が赤かったのは間違いない。
とりあえず、今すぐ追いかけよう。そしての傘で一緒に帰ろう、そう思った。



ロ ゼ ア メ ジ ス ト