もうすぐ雪に変わるんじゃないかっていうくらいに冷たい雨が降る日だった。
「・・・どうしたの、ジロ、その猫」
目の前にいるジローは「すごく、寒そうだったんだ」と言ってダッフルコートに包まれた腕の中を見せた。
そこには震える小さな猫がいた。
白に染まる
ミルクパンで作った熱々のココアを持っていくと、ジローはコタツに入って猫とじゃれ
あっていた。ジローはとてもはしゃいでいる。これじゃどっちが遊んでやってるんだかわからない。
「ジロー、ココアできたよ」
「ありがとー」
ぴょんと飛び上がるように起きて、湯気のたつココアをあちーと言いながら飲むジローは
かわいいといつも思う。私たちは猫舌だからなかなかココアが飲めない。けれど私はいつ
もいつも熱々に温めたココアを出す。ジローと一緒に「熱い熱い」と言いながらココアがぬるく
なるのを待つ間、このゆったりと流れる時間が好きなのだ。
マグカップを両手で持って
フー、とココアに息を落とすと鼻のあたりに湿った空気が膜のようにはりついた。上向き視線のジローと目が合って、少し恥ずかしくなる。それを隠すように、私はわざと明るい声を出した。
「猫にもミルクあげないとだね」
「うん」
「あっためちゃうと飲めないのかな」
「えっ冷たいやつ?寒いのに」
「だって猫舌っていうじゃん?」
「あーそっかー。でも冷たいのかわいそう」
「人肌なら大丈夫かな」
「うん、きっと大丈夫だからあっためてやろーよ」
「うん」
それから私たちはまだ湯気が上がっているココアをコタツにおいて台所にたった。私が牛
乳を弱火でわかす後ろでジローはまた猫と顔を近づけてじゃれあっている。温まっていく
ミルクからふわふわとした甘い香り。ミルクパンの中身が人肌なのを確認して火を止めた。
少し深めのお皿に注ぐとジローは嬉しそうに笑った。
ジローは、好き嫌いがはっきりしている。この猫のこと、すごーく可愛いんだろうなあって思う。
でも、そんな猫よりも私は目の前にいるジローのほうがすごくすごく可愛いなぁって思う。
クリクリとしたガラス玉のような目をした猫がニャアと鳴く。
ジローもそれに続いて「ニャー」と言う。
私も「ニャー」と言ってみる。
「ねぇねぇ」
「ん?何?」
「私とその猫どっちがかわいい?」
ジローは少しポカンとした顔をした。
それから「のヤキモチやきー」と、おかしそう
に笑っておでこを合わせた。
ほとんど変わらない背丈も、ジローになじんだシャンプーの香りも、ジローの着ているダ
ブダブなカーディガンも、全てが愛しくて幸せだなあ、なんて思った。こめかみのあたりにあたるジローの髪の毛がくすぐったくて、ふふ、と笑うとジローもヘヘっと笑って、甘い香りが鼻をくすぐった。
「ふふふ」
「何ー?」
「ジロー、すっごい甘いにおいがする」
「え、ココアじゃない?」
「さあ、でもすっごい甘い匂い」
「もだよ」
「うん、そうだよね」
「へへ、座ろ」
「うん」
手をつないで、またコタツに座って、まだきっと柔らかな湯気の残るココアを飲む。それで
猫と私とジローで寝そべるの。
コタツしかないこの部屋でも、最高にぜいたくな空間だ。ずっといたいと思う。
この、窓の曇る、うすぼやけた白い空間で。