フワフワと浮かんでいる雲はゆったりと動いていて、まるでジローみたいだった。
今の時間は大分日が高くなっていたけれど私たちのいるところは校舎の影があったので少しだけ涼しかった。
屋上のコンクリートは硬くて汚い。けれど平気な顔して「気持ちいいよ」と言って寝そべるジローを見ていたら制服が汚れるのもどうでもよくなってしまった。
「あれ、メロンパンみたい」
「えー、どれ?」
「あれ、あの、おっきい雲の右にあるの」
「俺アンパンが食べたい。アンパンでいいよ」
「やだ。アンパン嫌い」
時折吹く風に私はスカートを直しつつ、数日前より涼しくなったことを感じた。
こうして今年もなんとなく夏は終わっていくんだろうな、と思う。
なんとなく、燃え終わった花火の残骸とか、溶けて味のなくなったカキ氷とか、そういうものと一緒に取り残された気分になる。
「ねえ、知ってた?忍足とキョウコが付き合い出したって」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・なんで知ってるの」
たっぷりと取られた間。そんなにショックだったのか。
「あたしキョウコによく相談受けててさ、なんか昨日夜中にメールきてて。」
「俺、忍足から聞いてない」
「忍足あんまり言わなそうだもん」
そんなにショックなの?と聞くと素直にうん、ショック、とがっくりして言うジロー。忍足に少し嫉妬。わたしがもし彼氏が出来たといったら、彼は今と同じくらいショックを受けてくれるのだろうか。
「これから忍足と一緒に遊ぶ時間が減っちゃうー!」
「じゃあ、ジローも彼女作れば?」
「んー、なってよ」
「なんでよ」
「俺、好きだし!」
「好きなの?」
「うん!」
「そういう冗談キライ」
これっぽっちも邪気のない顔をして、この人は時々私をひどく傷つける。
ちぇー、といつもと同じようにへらへらと笑ってまったく悪びれない様子なのも。
ずっと黙っていると、さっき言ってたメロンパンのような雲はさっきよりも右に移動していた。
「ジロー、寝ちゃった?」
「・・・ねちゃった」
「おきてんじゃん」
横を向いて、ジローを見ると彼のねこっ毛は風に乗ってふわふわと上下していた。そんなほのぼのとした光景にぴったりな安らかな顔をして目をつむっているジローに無性に腹が立って、私はジローに勢いをつけてキスをしてやった。いつもより多少は見開かれている目をみて私はほんの少しだけ満足した。
「・・・寝込みを襲うのはんたーい」
「起きてたじゃん」
「、よっきゅうふまん?」
「・・・違うし」
「ねー、何怒ってんのー?こっち向きなよ」
「やだ」
「ていうかここって俺が普通怒るとこじゃない?」
「・・・・・・・・」
何もいえない私の頬がいきなりぐっとジローの両手で挟まれて思わず目をつぶると、ふっと一瞬、何かが唇にあたる。
そして、その後でジローのせっけんのような髪の香りが鼻をかすめた。
「なに、すん、の」
「お返しー」
歯を見せてうししーと笑うジロー。お返しになんて全然なってない。だってこんなの、猫にするようなキスじゃないか。さっき私がジローにしたキスとは全然別物だ。分かってないよジローのばか。
私たちの見ているものがあまりに違いすぎて、私は泣いてしまいたくなった。
けれど、それは彼にとって一番面倒なことだと知っていたのでどうにか目を上に向けて涙をとどまらせた。
「泣かないの」
「・・・ウザイって言うくせに」
「へへ、やっぱ俺スキー」
どうせ最後は消えてしまうのだから、泣いてしまう終わり方なんていらないんだ。
まどろむ宴