ずっと離れることはないと思ってたんだ
「なんで」
「何が」
「何してんのよ・・・」
「先に手出してきたの佐藤」
「佐藤君に何言ったの」
「なんで」
「佐藤君は理由なくそんなことしないもん」
「俺の言うことより佐藤を取るんだね」
「そんなんじゃない」
珍しく乱暴に開かれたドアからはが息をきらせて入ってきた。
誰から聞いたんだろう。跡部かな。
あ、でも問題になるとマズイからって部活に出ないで帰るように跡部に言ってくれたのは忍足だ。
誰でもいいや。は佐藤じゃなくて俺のところに来たっていうのが事実だし。そう考えたら嬉しい気分になれるからそれ以上考えるのをやめた。
「何、笑ってんの慈郎」
「キスしたってゆった」
「なにそれ」
「俺とはキスもした仲だっていった」
「・・・なに、それ」
「お前の入る隙間なんかねーよっつったらなんか佐藤のやつキレて殴ってきたからやり返した」
「ひどいジロー」
「ホントのことじゃん」
「そんなのちっちゃいころの話じゃない」
「でも嘘じゃない」
「そうだけど」
「結婚しようってゆったのに」
「・・・・いつの話よ」
すごく、裏切られた気分だ。ただの幼馴染なんて思ったこと、俺、一度もなかったのに。
いくつか前の誕生日にもらった羊の抱き枕を握り締めても能天気な表情は変わらない。それすらもむかついてひたすら
目の前の白い壁をくいいるように見ていた。からの視線はそれでも俺の背中にまっすぐぶつけられる。
「慈郎、あたし佐藤君が好きなの」
「・・・・」
「ジローはもちろん大切だけど、でも」
「・・・・」
「ごめん、でも、私とジローはそんなんじゃないよ」
「・・・結婚の約束は?」
「そういうのも、キスも、そんなんじゃない」
「俺はそういうのだと思ってた」
俺、逃げてんの?
でもしょうがないじゃん。俺まだまだ子供だし。嫌なことに対してわざわざ目を
向けようなんてまだ当分は思えそうにない。
たまらなくなって歯を喰いしばると口の中に血の味が広がった。気持ちが悪い。
そして血の味は俺の頭の中に佐藤とが二人で仲良く並んでいる姿を思わせた。
むかむかする。佐藤なんて消えてなくなってしまえばいいのに。佐藤なんてクソだ。
「やっべー!俺と付き合うことになった!」
「マジかよ佐藤!」
「お、俺マジちょっと今うれしいんだけど!」
・・・うるさい
「ていうかかわいいのにな」
「佐藤かー」
「あんま早く手出すなよー?」
「なー」
「ばっ!何言ってんだよお前ら!」
う る さ い
「何?芥川」
「・・・?」
「そうそう!佐藤と付き合うんだってよー」
ごろんと体を反転させて、を見上げる。
それでもやっぱりは俺のだと思うんだけれど違うのかな。
その長い睫毛も、少し高いけどよく通る声も、コロコロとしたまるで鈴のような笑顔も。
の手首を掴んでぐっと引くとがびくっと体をこわばらせた。
一応抵抗はしているみたいだったけれど俺の力にはかなわない。テニスをやってるから当たり前だ。そんな俺を、応援してくれてたのはで。
殴られたときに壁にぶつけた腕は力を入れると少しだけ痛かった。
跡部にバレたら怒られてしまうかもしれない。
「・・・俺が、こわいの?」
はこっちをみようとしない。
目を伏せている。
「もう小さな頃とは違うんだよ慈郎」
俺に、というより自身に言い聞かせるような言い方だった。
は震えていた。
「意味わかんねーし」
「ごめんね、ジ」
それ以上聞きたくなくて俺の名前を呼び終わる前にさっきよりももっと強い力でを
引き寄せて乱暴なキスをした。
少し歯が当たった。
ベッドのスプリングが倒れこんだもう一人分の重みでぎしり、と軋む。
は突然のことに驚いたからなのか全く動かなかった。
腫れた口の端をしびれるような痛みが走る。
にもその痛みが少しでもあるといいのに。そうしたら前はよくやってたオソロイになるのに。
「芥川慈郎はをいっしょうあいすることをちかいます」
「は芥川慈郎をいっしょうあいすることをちかいます」
初めてとキスをしたのはいつだったかなんて覚えていないほど昔。
親同士が面白がってやらせたっていうのを聞いたことがある。
幼稚園の頃は結婚の約束をしながら何度も「誓いのキス」をした。
あの頃は、少なくともだって本気だったはずなのに。
その誓いをほんとの本当に本気にしていたのは、おれ一人だったみたいだ。
このまま舌を入れてのブラウスのボタンをはずす。出来るよ、余裕で。そしたら俺はを手に入れられるのかな。
違う。そんなの無理だ。
長いキスの後、は床に力なくひざをついた。
の目には涙がたまっていた。
でも俺から手を離そうとはしなかった。
うつむいて信じられないくらい小さな声で「あたし、じろーのことも大事なの」と言った。
そんな言葉いらない。
はずるい。
佐藤もずるい。
俺はが『好き』で、『大事』なんだけど。
が言う『大事』と『好き』の違いは分からないけれど、ただ俺と佐藤はのなかでぜんぜん違う位置にいるんだということだけは分かった。
明かりのないシンとした空気はひたすら暗くなっていくばかりだ。
どちらも離そうとしない手。
愛情をはきちがえたのは俺なのかなのか、誰か教えてよ。