毎日変化がないと思っていた通学路を歩いていても、いつの間にか学校の木から葉はなくなってるし、今日は首のあたりがすごく寒くてそろそろまたマフラーを出さないと、と思った。ああ、今日はそういえば冬の気候ですとか天気予報で言われた気がする。
私に何かあってもなくても回りは確実に変化している。


「・・・あ」

かすかな光を受けて鈍く光る銀色の髪の毛に思わず声が出た。昇降口というのはなぜだか声が響きすぎていけない。

「・・・・あー久しぶりやね」
「・・帰るの?」
「うん」




久しぶりに見たと思った。少しゆるめられたネクタイ。見上げたときの横顔。それはみんな変わっていないものだった。変わったといえば、仁王のテニスバッグがリュックになっていたり、汗がじわりとにじんでいた夏の制服は長袖となってカーディガンとブレザーが上にはおられるようになったことだ。
「冷え性だから手とか冷たいんよ」と言っていたけれど、今彼の手は冷たいのだろうか。
考えてみたって、分かる術を私は持たない。
それは彼女の知ることの出来る特権だ。
もういい加減あきらめないといけない時期なのかもしれない。

「テニス、やってるの?」
「たまに」
「高校でも続けるの?」
「わからんけど、多分」
「そっか、」


授業であったこととか、部活のこととか、不自然にならないように当たりさわりのない話題を選ぶのはもうすでに慣れてしまった。それとは逆に頭の中は当たり障りのある話題ばかりがグルグルと回って、そして消して、また出てきて、を繰り返すばかりだ。

「その手の甲の絆創膏、猫にひっかかれたってホント?」
「なんでしっとるん」
「丸井が言ってたよ」
「あー、同じクラスでしたっけねー」

あいつはおしゃべりでいけん、口元を上げて笑った。
仁王はとても色気のある笑い方をする。同い年で、しかも女である私なんかよりも、ずっと、ずっと。それは私をいつも置いてけぼりにされるような気持ちにさせた。

聞いたよ、彼女の家で飼ってる猫にひっかかれたって。

話した後でいかにもやっちまったという表情で気まずそうに「わりい」と言った丸井の顔とか、うわさで聞いた新しい彼女の嬉しそうな顔とか、そういうのも道端に落ちてる葉っぱみたいにどんどん私の頭の中から落ちてなくなってしまえばいいのになあ。
覚えたはずの英単語よりもそういうことを鮮明に覚えていて、なんだかひどくむなしい気持ちになる。バカみたい。


「この猫キョウボーやったんよね」
「・・・うん」
「まあもう会うこともないけど」
「うん、え・・・なんで?」
「これ誰んちの猫か知っとる?」
「・・・彼女でしょ?」
「まあそういうことです」

「ついさっきね」とだけ含みのある顔で笑って仁王は言った。
この笑い方キライ。なんでも見透かされてるみたいで。期待しちゃいけない。どういうつもりで言ってるんだろうとかいう深読みなんて絶対しちゃいけない。単に面白がって言ってる可能性のほうが高いんだから。何度も期待して、そのたび勝手に傷ついたのだから。こんなに長い間見ていて、仁王が気付いていないはずがないんだ。
私は必死でそれでも緩んでしまいそうな頬を引き締める。
私の感情はおかまいなしに、彼の行動一つで私たちの関係がいともたやすく変えられるのは嫌だった。

「ふうん」
「なん、興味なし?」
「・・仁王って、性格悪いよね」
「いきなり言ってくれるやないの」


口を開いて何か言いかけて、結局黙って早足になった私に仁王はダラダラとついてくる形になった。彼の足は長いのでちっとも二人の距離が離れることはなかったけれど。


「もうちっとゆっくり歩いてくんない」
「仁王が遅いんでしょ」
「さっきまで同じくらいで歩いとったんに」
「寒いんだもん」



「そんじゃー、手でもつなぎませんか」


思わず振り向いてしまったときの、彼のしてやったり顔にしまったと思った。
仁王はたったの一言で簡単に私のバリアをといて、入り込んでくる。それも、仁王はそれを自覚してやってる。
結局そこなのだ。
私はいつまでたっても、彼に踊らされているにほかならない。
この関係も、まだまだ崩れる日は遠いようだ。


悔しいついでに差し出された彼の手をカバンでぶったら、 「の考えてることはよう分からん」と、笑いを押し殺したような声で仁王が言った。(それはこっちのセリフだ!)